の日、ふだん好きな酒も呑まず、青い顔をして居りましたが、すすきの穂を口にくわえて、同僚の面前にのっそり立ちふさがり薄目つかって相手の顔から、胸、胸から脚、脚から靴、なめまわすように見あげ、見おろす。帰途、夕日を浴びて、ながいながいひとりごとがはじまり、見事な、血したたるが如き紅葉《もみじ》の大いなる枝を肩にかついで、下腹部を殊更《ことさら》に前へつき出し、ぶらぶら歩いて、君、誰にも言っちゃいけないよ、藤村《とうそん》先生ね、あの人、背中一ぱいに三百円以上のお金をかけて刺青《ほりもの》したのだよ。背中一ぱいに金魚が泳いで居る。いや、ちがった、おたまじゃくしが、一千匹以上うようよしているのだ。山高帽子が似合うようでは、どだい作家じゃない。僕は、この秋から支那服《しなふく》着るのだ。白足袋《しろたび》をはきたい。白足袋はいて、おしるこたべていると泣きたくなるよ。ふぐを食べて死んだひとの六十パアセントは自殺なんだよ。君、秘密は守って呉《く》れるね? 藤村先生の戸籍名は河内山そうしゅんというのだ。そのような大へんな秘密を、高橋の呼吸が私の耳朶《みみたぶ》をくすぐって頗《すこぶ》る弱ったほど、それ
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