ん坊に添寝《そいね》して、それっきりぐうぐう大鼾《おおいびき》だ。夜なべもくそもありやしねえ。お前は、さすがに出征兵士の妻だけあって、感心だ、感心だ。」などと、まことに下手《へた》なほめ方をして外套《がいとう》を脱ぎ、もともと、もう礼儀も何も不要な身内の家なのですから、のこのこ上り込んで炉傍に大あぐらをかき、
「ばばちゃは、寝たか。」とたずねます。
 圭吾には、盲目の母があるのです。
「ばばちゃは、寝て夢でも見るのが、一ばんの楽しみだべ。」と嫁は、縫い物をつづけながら少し笑って答えます。
「うん、まあそんなところかも知れない。お前も、なかなか苦労が多いの。しかし、いまの時代は、日本国中に仕合せな人は、ひとりもねえのだからな、つらくても、しばらくの我慢だ。何か思いに余る心配事でも起った時には、おれのところへ相談に来ればいいし、のう。」
「有難うごす。きょうはまた、どこからかのお帰りですか。おそいねす。」
「おれか? いや、どこの帰りでもねえ。まっすぐに、ここさ来たのだ。」
 どうも私は駈引《かけひ》きという事がきらいで、いや、駈引きしたいと思っても、めんどうくさくて、とても出来ないたちで
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