ばかりの若い百姓です。
 そいつに召集令状が来て、まるでもう汽車に乗った事もないような田舎者《いなかもの》なのですから、私が青森の部隊の営門まで送りとどけてやったのですが、それが、入隊してないというのです。いったん、営門にはいって、それから、すぐにまたひょいと逃げ出したのでしょうか。
 署長の願いというのは、とにかくあの圭吾は逃げ出したって他に行くところも無い。この吹雪の中を、幾日かかっても山越えして、家へ帰って来るに違いない。死にやしない。必ず家へ帰って来る。何せ、あれの嫁は、あれには不似合いなほどの美人なんだから、必ず家へ帰る。そこで、あなたに一つお願いがある。あなたは、あの夫婦の媒妁人《ばいしゃくにん》だった筈だし、また、かねてからあの夫婦は、あなたを非常に尊敬している。いや、ひやかしているのでは、ありません。まじめな話です。それで、今夜あなたは御苦労だが、あれの家へ行って、嫁によくよく説き聞かせ、決して悪いようにはせぬから、もし圭吾が家に帰って来たなら、こっそりあなたに知らせてくれるように、しっかりと言いつけてやって下さい。ここ二、三日中に、圭吾が見つかったならば、私は、圭吾に
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