していないんです。」
私は頭から、ひや水をぶっ掛けられたような気がしました。
「いや、しかし、あれは、」と私は、ほとんど夢中で言いました。「あれは、たしかに私が、青森の部隊の営門まで送りとどけた筈《はず》ですが。」
「そうです。それは私も知っています。しかし、向うの憲兵隊から、彼は、はじめから来ていない、という電話です。いったいならば、憲兵がこちらへ捜査に来る筈なのですが、この大雪で、どうにもならぬ。依《よ》って、まず先に内々の捜査を言いつけて来たのです。それで私は、あなたに一つ、お願いがあるのです。」
圭吾ってのは、どんな男だか、あなたなどは東京にばかりいらっしゃったのだから、何も御存じないでしょうし、また、いまはこんな時代になって、何を公表しても差支《さしつか》えないわけでしょうから、それはどこの誰だと、はっきり明かしてしまってもいいとはいうものの、でも、いずれにしても、これは美談というわけのものでもないのですから、やっぱりどうも、あれの氏素姓をこれ以上くわしく説明するのは、私にはつらくていけません。まあ、ぼんやり、圭吾とだけ覚えていて下さい。私の遠縁の男なんです。嫁をもらった
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