夜をつひやした。おれの疑惑は、ひとつのくやしい事實にかたまつて行くのであつた。おれもやはり、十三人目の椅子に坐るべきおせつかいな性格を持つてゐた。
 おれは妻をせめたのである。このことにもまた三夜をつひやした。妻は、かへつておれを笑つてゐた。ときどきは怒りさへした。おれは最後の奸策をもちゐた。その短篇には、おれのやうな男に處女がさづかつた歡喜をさへ書きしるされてゐるのであつたが、おれはその箇所をとりあげて、妻をいぢめたのである。おれはいまに大作家になるのであるから、この小説もこののち百年は世の中にのこるのだ。するとお前は、この小説とともに百年のちまで嘘つきとして世にうたはれるであらう、と妻をおどかした。無學の妻は、果しておびえた。しばらく考へてから、たうとうおれに囁いた。たつたいちど、と囁いたのである。おれは笑つて妻を愛撫した。わかいころの怪我であるゆゑ、それはなんでもないことだ、と妻に元氣をつけてやつて、おれはもつとくはしく妻に語らせるのであつた。ああ、妻はしばらくして、二度、と訂正した。それから、三度、と言つた。おれは尚も笑ひつづけながら、どんな男か、とやさしく尋ねた。おれの知らな
前へ 次へ
全29ページ中9ページ目


小説の先頭へ
文字数選び直し
太宰 治 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ 登録 ご利用方法 ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング