らないやうに警戒した。昨夜のことが入りこむすきのないほど、おれは別な問題について考へふけるのであつた。人生や藝術の問題はいくぶん危險であつた。殊に文學は、てきめんにあのなまな記憶を呼び返す。おれは途上の植物について頭をひねつた。からたちは、灌木である。春のをはりに白色の花をひらく。何科に屬するかは知らぬ。秋、いますこし經つと黄いろい小粒の實がなるのだ。それ以上を考へつめると危い。おれはいそいで別な植物に眼を轉ずる。すすき。これは禾本科に屬する。たしか禾本科と教はつた。この白い穗は、をばな、といふのだ。秋の七草のひとつである。秋の七草とは、はぎ、ききやう、かるかや、なでしこ、それから、をばな。もう二つ足りないけれど、なんであらう。六度ほど。だしぬけに耳へささやかれたのである。おれはほとんど走るやうにして、足を早めた。いくたびとなく躓いた。この落葉は。いや、植物はよさう。もつと冷いものを。もつと冷いものを。よろめきながらもおれは陣容をたて直したのである。
おれは、AプラスBの二乘の公式を心のなかで誦した。そのつぎには、AプラスBプラスCの二乘の公式について、研究した。
君は不思議なおも
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