生利に小細工をしやがる。今に見ろ、大臣に言って遣《や》るから。(間。)此間委員会の事を聞きに往ったとき、好くも幹事に聞けなんと云って返したな。こん度逢ったら往来へ撮《つま》み出して遣る。往来で逢ったら刀を抜かなけりゃならないようにして遣る。」
左隣の謡曲はまだ済まない。(中略)右の耳には此脅迫の声が聞えるのである。僕は思い掛けない話なので、暫《しばら》くあっけに取られていた。(中略)そして今度逢ったらを繰り返すのを聞いて、何の思索の暇もなくこう云った。
「何故今遣らないのだ。」
「うむ。遣る。」
と叫んで立ち上がる。
以上は鴎外の文章の筆写であるが、これが喧嘩のはじまりで、いよいよ組んづほぐれつの、つかみ合いになって、
(中略)
彼は僕を庭へ振り落そうとする。僕は彼の手を放すまいとする。手を引き合った儘《まま》、二人は縁から落ちた。
落ちる時手を放して、僕は左を下に倒れて、左の手の甲を花崗岩で擦《す》りむいた。立ち上がって見ると、彼は僕の前に立っている。
僕には此時始めて攻勢を取ろうという考が出た。併《しか》し既に晩《おそ》かった。
座敷の客は過半庭に降りて来て、別々に彼
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