ち直し、
「満洲にも医学校はある。」
これでは問題が、更にややこしくなったばかりで、なんにもならない。母は今更、チベットとは言い直しかねた。そのまま引きさがって、勝治に向い、チベットは諦めて、せめて満洲の医学校、くらいのところで堪忍《かんにん》してくれぬか、といまは必死の説服に努めてみたが、勝治は風馬牛《ふうばぎゅう》である。ふんと笑って、満洲なら、クラスの相馬君も、それから辰ちゃんだって行くと言ってた、満洲なんて、あんなヘナチョコどもが行くのにちょうどよい所だ、神秘性が無いじゃないか、僕はなんでもチベットへ行くのだ、日本で最初の開拓者になるのだ、羊を一万頭も飼って、それから、などと幼い空想をとりとめもなく言い続ける。母は泣いた。
とうとう、父の耳にはいった。父は薄笑いして、勝治の目前で静かに言い渡した。
「低能だ。」
「なんだっていい、僕は行くんだ。」
「行ったほうがよい。歩いて行くのか。」
「ばかにするな!」勝治は父に飛びかかって行った。これが親不孝のはじめ。
チベット行は、うやむやになったが、勝治は以来、恐るべき家庭破壊者として、そろそろ、その兇悪《きょうあく》な風格を表し
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