子は、意を決して尋ねた。「起ったのでしょうか。」
「え?」振り向いて、「知りません。」平然たるものだった。
 しばらくして、
「あ、そうですか。」うなずいて、「そう言えば、きょうのチルチルは少し様子が違いますね。僕は、本当に、何もわからんのです。この家は、僕たちがちょいちょい遊びにやって来るところなのですが、さっき僕がふらとここへ立ち寄ったら、かれはひとりでもうひどく酔っぱらっていたのです。二、三日前からここに泊り込んでいたらしいですね。僕は、きょうは、偶然だったのです。本当に、何も知らないのです。でも、何かあるようですね。」にこりともせず、落ちつき払ってそういう言葉には、嘘があるようにも思えなかった。
「やあ、失敬、失敬。」勝治は帰って来た。れいの紙幣が、もう右手に無いのを見て、節子には何か、わかったような気がした。
「兄さん!」いい顔は、出来なかった。「帰るわ。」
「散歩でもしてみますか。」有原は澄ました顔で立ち上った。
 月夜だった。半虧《はんかけ》の月が、東の空に浮んでいた。薄い霧が、杉林の中に充満していた。三人は、その下を縫って歩いた。勝治は、相変らずランニングシャツにパンツ
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