とどけさせたりする。節子は、いつも兄の命令に従った。兄の言に依《よ》れば、風間は、お金持のお坊ちゃんで秀才で、人格の高潔な人だという。兄の言葉を信じるより他はない。事実、節子は、風間をたよりにしていたのである。
 アパートへ教科書をとどけに行った時、
「や、ありがとう。休んでいらっしゃい。コーヒーをいれましょう。」気軽な応対だった。
 節子は、ドアの外に立ったまま、
「風間さん、私たちをお助け下さい。」あさましいまでに、祈りの表情になっていた。
 風間は興覚めた。よそうと思った。
 さらに一人。杉浦透馬。これは勝治にとって、最も苦手《にがて》の友人だった。けれども、どうしても離れる事が出来なかった。そのような交友関係は人生にままある。けれども杉浦と勝治の交友ほど滑稽で、無意味なものも珍しいのである。杉浦透馬は、苦学生である。T大学の夜間部にかよっていた。マルキシストである。実際かどうか、それは、わからぬが、とにかく、当人は、だいぶ凄《すご》い事を言っていた。その杉浦透馬に、勝治は見込まれてしまったというわけである。
 生来、理論の不得意な勝治は、ただ、閉口するばかりである。けれども勝治
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