彦を、あの夜ここで一緒に呑んで、知つてゐた。乙彦は、荒《すさ》んだ皮膚をして、さうして顔が、どこか畸形の感じで、決して高須のやうな美男ではなかつた。けれども、いま、このバアの薄暗闇で、ふと見ると、やはり、似てゐる。数枝には、血のつながりといふものが、ひどく、いやらしく、気味わるいものに思はれた。
高須には、未だ気がつかない。数枝に、無理矢理、劇場から引つぱり出され、さうして数枝の悪意ない、ちよつとした巫山戯《ふざけ》た思ひつきが、高須をここへ連れこんだ。この薄暗いバアは、乙彦と、さちよが、奇態な邂逅したところ、いま自分の腰かけてゐるこの灰色のソフアは、乙彦が追ひつめられて、追ひつめられて、天地にたつた一つの、最後に見つけた、鳥の巣、狐の穴、一夜の憩《いこ》ひの椅子であつたこと、高須は、なんにも知らなかつた。
しづかに酔つて、
「かへらせたら、いいのだ。女優なんて、そんな派手なことさせちや、いけないのだ。国へかへらせなければ、いけないのだ。」
「でも、――」言ひ澱んで、「いいえ、酔つて絡《から》むわけぢやないのよ。ごめんなさいね。でも、――男の人つて、どうして皆そんなに、女のこととな
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