いの風景である。高須は、その入口に佇立した。
さちよは、高須に気がつかず、未だ演技直後の興奮からさめ切らぬ様子で、天井あふいでヒステリツクな金切声たてて笑ひこけてゐた。
「ちよつと、あなた、ごめんなさい。」
耳もとで囁き、大きい黒揚羽《くろあげは》の蝶が、ひたと、高須の全身をおほひ隠し、そのまま、すつと入口からさらつていつて、廊下の隅まで、ものも言はず、とつとと押しかへして、
「まあ。ごめんなさい。」ほつそりした姿の女である。眼が大きく鼻筋の長い淋しい顔で、黒いドレスが似合つてゐた。「さちよと、逢はせたくなかつたの。あの子は、とても、あなたのことを気にしてゐる。せつかく評判も、いいところなんだし、ね、おねがひ、あの子を、そつとして置いてやつて。あの子、いま、一生懸命よ。つらいのよ。あたしには、それが判る。あら、あなたは、あたしをご存じない。」顔を赤くして、「ごめんなさい。あなた、高須さんね。さうでせう? あたし、ひと目見て、はつと思つたの。ほんたうに、あたし、はじめてなのに、でも、すぐわかつた。須々木乙彦の、御親戚。どう? あたし、なんでも知つてゐるでせう?」数枝である。芝居がはじ
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