それだけで精一ぱい、やつとのところで生きてゐるのだ。少しは、人の弱さを、大事にしろよ。君の思ひあがりは、おそろしい。僕だつて、君に、いくど恥をかかされてゐるかわからない。あんな、薄汚い新聞記者と、喧嘩させて、だまつて面白がつて見てゐやがつて、僕は、あんなやつとは、口きくのさへいやなんだぜ。僕は、プライドの高い男だ。どんな偉い先輩にでも、呼び捨《すて》にされると、いやな気がする。僕は、ちやんと、それだけの仕事をしてゐる。あんな奴と、決闘して、あとで、僕は、どんなに恥づかしく、くるしい思ひしたか、君は知るまい。生れてはじめて、あんなぶざまな真似をした。君は、一たい僕をなんだと思つてゐるのだ。八重田数枝のところに居辛《ゐづら》くなつて、そうして、こんどは僕の家へ飛び込んで来て、自惚れちやだめよ、仕事の相談に来たの、なんて、いつもの僕なら、君はいまごろ横つつらの二つや三つぶん殴られてゐる。」三木は流石に、蒼くなつてゐた。
さちよは、ぼんやり顔をあげて、
「殴らないの?」
「寝て起きて来たやうなこと言ふなよ。」苦笑して、煙草のけむりを、ゆつくり吐いた。「かへり給へ。僕は、言ひたいだけのことは、
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