はじまつた。年の瀬、お正月、これといふいいこともなくするする過ぎた。みぞれの降る夜、ふたりは、電気を消して、まつくらい部屋で寝ながら話した。
「さちよの伯父さんは、でも、いいひとだと思ふよ。過去のことは忘れろ、忘れろ。誰だつて、みんな、深い傷を背負つて、そ知らぬふりして生きてゐるのだ。いいなあ。なかなかわかつた人ぢやないか。あたしは、惚れたね。」ねむさうな声でさう言つて、数枝は、しづかに寝返りを打つた。
「かへれつていふの?」さちよは蒲団の中で小さくちぢこまつて、心細げに反問した。
「まあね。」数枝は大人びた口調で言つて、「だいいち、あの、歴史的は、ばかだよ。まさしく変人だね。いや、もつとわるい。婦女誘拐罪。咎人《とがにん》だよ、あれは。ろくなことを、しやしない。要らないことを、そそのかして、さうしてまたのこのこ、平気でここへ押しかけて来て、まるで恩人か何かのやうに、あの、きざな口のきき様《やう》つたら。どこまで、しよつてるのか、判りやしない。阿呆や。あの眼つきを、ごらんよ。どうしたつて、ふつうぢやないからね。」
さちよは、くすくす笑つた。
数枝も、こらへ切れず笑つてしまつて、それ
前へ
次へ
全78ページ中40ページ目
小説の先頭へ
文字数選び直し
太宰 治 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ
登録
ご利用方法
ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング