た。さちよは、ひとりで大笑ひした。見てゐると、まるで二匹の小さい犬ころが雪の原で上になり下になり遊びたはむれてゐるやうで、期待してゐた決闘の凛烈さは、少しもなかつた。二人の男も、なんだか笑ひながらしてゐるやうで、さちよは、へんに気抜けがした。間もなく、助七は、ひつくりかへり、のそのそ三木が、その上に馬乗りになつて、助七の顔を乱打した。たちまち助七の、杜鵑に似た悲鳴が聞えた。さちよは、ひらと樹陰から躍り出て、小走りに走つて三木の背後にせまり、傘を投げ捨て、ぴしやと三木の頬をぶつた。
 三木は、ふりかへつて、
「なんだ、君か。」やさしく微笑した。立ちあがつて、さつさと着物を着はじめ、「君は、この男を愛してゐるのか。」
 さちよは、烈しく首を振つた。
「それぢや、そんな、おセンチな正義感は、よしたまへ。いいかい。憐憫と愛情とは、ちがふものだ。理解と愛情とは、ちがふものだ。」言ひながら、身なりを調へ、いつもの、ちよつと気取つた歴史的さんにかへつて、「さあ、帰らう。君は、君の好ききらひに、もつとわがままであつて、いいんだぜ。きらひな奴は、これは、だめさ。どんなに、つき合つたつて、好きになれるもの
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