して、さうして別段、勉強も、学問も、しなかつた。もと銀座の同じバアにつとめてゐて、いまは神田のダンスホオルで働いてゐる友人がひとり在つて、そのひとの四谷のアパアトに、さちよはころがりこみ、編物をしたり、洗濯をしたり、食事の手伝ひをしてやつたり、毎日そんなことで日を送つてゐた。べつに、あわてて仕事を見つけようともしなかつた。流石に、ふたたびバアの女給は、気がすすまない様子であつた。そのうちに、三木朝太郎は、山の宿から引きあげて来て、どこで聞きこんだものか、さちよの居所を捜し当て、にやにやしながら、どうだい、女優になつてみないか、などと言ふのだが、さちよは、おやおや、たいへんねえ、と笑つて相手にしなかつた。三木は、それでも断念せず、ときどきアパアトにふらと立ち寄つては、ストリンドベリイやチエホフの戯曲集を一冊二冊と置いていつた。けさ、はやく、三木から電話で、戸山が原のことを聞き、男は、いやだねえ、とその踊子の友だちと話合ひ、とにかく正午に、雪解けのぬかるみを難儀しながら戸山が原にたどりついて、見ると、いましも、シヤツ一枚の姿の三木朝太郎は、助七の怪力に遭つて、宙に一廻転してゐるところであつ
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