つて、腰を落し、両腕をひろげて身構へた。取組めば、こつちのものだと、助七にはまだ、自信があつた。
「なんだい、それあ。田舎の草角力ぢやねえんだぞ。」三木は、さう言ひ、雪を蹴つてぱつと助七の左腹にまはり、ぐわんと一突き助七の顎に当てた。けれども、それは失敗であつた。助七は三木のそのこぶしを素早くつかまへ、とつさに背負投、あざやかにきまつた。三木の軽いからだは、雪空に一回転して、どさんと落下した。
「ちきしやう。味なことを。」三木は、尻餅つきながらも、力一ぱい助七の下腹部を蹴上げた。
「うつ。」助七は、下腹をおさへた。
 三木はよろよろ立ちあがつて、こんどは真正面から、助七の眉間をめがけ、ずどんと自分の頭をぶつつけてやつた。大勢は、決した。助七は雪の上に、ほとんど大の字なりにひつくりかへり、しばらく、うごかうともしなかつた。鼻孔からは、鼻血がどくどく流れ出し、両の眼縁がみるみる紫色に腫れあがる。
 はるか遠く、楢の幹の陰に身をかくし、真赤な、ひきずるやうに長いコオトを着て、蛇の目傘を一本胸にしつかり抱きしめながら、この光景をこはごは見てゐる女は、さちよである。
 さちよは、あの翌る日に出京
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