ものも言はず、助七うつてかかつた。
「よせ!」三木は、飛びのいた。「逆上してやがる。いいか。僕の話を、よく聞け。ゆうべは、僕も失礼した。要らないことを言つた。」
 ゆうべは、新宿のバアで一緒にのんだ。かねて、顔見知りの間柄である。ふと、三木が、東北の山宿のことに就いて、口を滑らせた。さちよの肉体を、ちらと語つた。それから、やい、さちよはどこにゐる。知らない。嘘つけ、貴様がかくした。よせやい、見つともねえぞ、意馬心猿。それから、よし、腕づくでも取る、戸山が原へ来い、片輪《かたわ》にしてやる、といふことになつたのである。三木も、蒼ざめて承知した。元旦、正午を約して、ゆうべはわかれた。
「さちよの居《ゐ》どころは、僕は、知つてゐる。」三木は、落ちつきを見せるためか、煙草をとりだし、マツチをすつた。雪の原を撫でて来るそよ風が、二度も三度もマツチの焔を吹き消し、やつと煙草に火をつけて、「だけど、僕とは、なんでも無い。あのひとは、いま、一生懸命、勉強してゐる。学問してゐる。僕は、それは、あのひとのために、いいことだと思つてゐる。あのひとに在るのは、氾濫してゐる感受性だけだ。そいつを整理し、統
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