どうなるものか、わからない。それは、神だけが知つてゐる。生きるものに権利あり。君の自由にするがいい。罪は、われらに無い。」
「ありがたう。」くすと笑つて、「あなたは、ずいぶん嘘つきね。それこそ、歴史的よ。ごめんなさい。ぢや、また、あとで、ね。」
三木朝太郎は、くるしく笑つた。
☆
東京では、昭和六年の元旦に、雪が降つた。未明より、ちらちら降りはじめ、昼ごろまでつづいた。ひる少しすぎ、戸山が原の雑木の林の陰に、外套の襟を立て、無帽で、煙草をふかしながら、いらいら歩きまはつてゐる男が在つた。これは、どうやら、善光寺助七である。
ひよつくり木立のかげから、もうひとり、二重まはし着た小柄な男があらはれた。三木朝太郎である。
「ばかなやつだ。もう来てやがる。」三木は酔つてゐる様子である。「ほんたうに、やる気なのかね。」
助七は、答へず、煙草を捨て、外套を脱いだ。
「待て。待て。」三木は顔をしかめた。「薄汚い野郎だ。君は一たい、さちよをどうしようといふのかね。ただ、腕づくでも取る、戸山が原へ来い、片輪《かたわ》にしてやる、では、僕は君の相手になつてあげることができない。
前へ
次へ
全78ページ中31ページ目
小説の先頭へ
文字数選び直し
太宰 治 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ
登録
ご利用方法
ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング