死ぬるくらゐに東京が恋しい。あなたが悪いのよ。あたしの愛情が、どうのかうのと、きざに、あたしをいぢくり廻すものだから、あたし、いいあんばいに忘れてゐた、あたしの不幸、あたしの汚なさ、あたしの無力、みんな一時に思ひ出しちやつた。東京は、いいわね。あたしより、もつと不幸な人が、もつと恥づかしい人が、お互ひ説教しないで、笑ひながら生きてゐるのだもの。あたし、まだ、十九よ。あきらめ切つたエゴの中で、とても、冷く生きて居れない。」
「脱走する気だね。」
「でも、あたし、お金がないの。」
 三木は、ちらと卑しく笑ひ、そのまま頭をたれて考へた。ずいぶん大袈裟な永い思案の素振りであつた。ふと顔をあげて、
「十円あげよう。」ほとんど怒つてゐるやうな口調で、「君は、ばかだ。僕は、ずいぶん、あなたを高く愛して来た。あなたは、それを知らない。僕には、あなたの、ちよつとした足音にもびくついて、こそこそ押入れに隠れるやうな、そんなあさましい恰好を、とても、だまつて見て居れない。いまのあなたにお金をあげたら、僕は、ものの見事に背徳漢かも知れない。けれども、これは僕の純粋衝動だ。僕は、それに従ふ。僕には、この結果が、
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