を、かばつてやりたいとさへ思ふわ。男は、だつて、気取つてばかりゐて可哀さうだもの。ほんたうの女らしさといふものは、あたし、かへつて、男をかばふ強さに在ると思ふの。あたしの父は、女はやさしくあれ、とあたしに教へてゐなくなつちやつたけれど、女のやさしさといふものは、――」言ひかけて、ものに驚いた鹿のやうに、ふつと首をもたげて耳をすまし、
「誰か来るわ。あたしを隠して。ちよつとでいいの。」につと笑つて、背後の押入れの襖をあけ、坐りながらするするからだを滑り込ませ、
「さあさ、あなたは、お仕事。」
「よし給へ。それも女の擬態かね?」歴史的は、流石に聡明な笑顔であつた。「この部屋へ来る足音ぢやないよ。まあ、いいからそんな見つともない真似はよしなさい。ゆつくり話さうぢやないか。」自分でも、きちんと坐り直してさう言つた。痩せて小柄な男であつたが、鉄縁の眼鏡の底の大きい眼や、高い鼻は、典雅な陰影を顔に与へて、教養人らしい気品は、在つた。
「あなた、お金ある?」押入れのまへに、ぼんやり立つたままで、さちよは、そんなことを呟いた。「あたし、もう、いやになつた。あなたを相手に、こんなところで話をしてゐると、
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