一して、行為に移すのには、僕は、やつぱり教養が、必要だと思ふ。叡智が必要だと思ふ。山中の湖水のやうに冷く曇りない一点の叡智が必要だと思ふ。あのひとには、それがないから、いつも行為がめちやめちやだ。たとへば、君のやうな男にみこまれて、それで身動きができずに、――」
「恥づかしくないかね。」助七は、せせら笑つた。「けさから考へに考へて暗記して来たやうな、せりふを言ふなよ。学問? 教養? 恥づかしくないかね。」
三木は、どきつとした。われにもあらず、頬がほてつた。こいつ、なんでも知つてゐる。
「不愉快な野郎だ。よし、相手になつてやる。僕は、君みたいな奴は、感覚的に憎悪する。宿命的に反撥する。しかし、最後に聞くが、君は、さちよを、どうするつもりだ。」煙草の火は消えてゐた。消えてゐるその煙草を、すぱすぱ吸つて、指はぶるぶる震へてゐた。
「どうするも、かうするも無いよ。」こんどは、助七のはうが、かへつて落ちついた。「いまに居どころをつきとめて、おれは、おれの仕方《しかた》で大事にするんだ。いいかい。あの女は、おれでなければ、だめなんだ。おれひとりだけが知つてゐる。おめえは山の宿で、たつた一晩、そ
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