は、大事にしなければいけないものだ。いまにおまへにも、いろいろあきらめが出て来て、もつと謙遜になつたとき、家系といふものが、どんなに生きることへの張りあひになるか、きつとわかる。高野の家を興さうぢやないか。自重しよう。これは、おれからのお願ひだ。また、おまへの貴い義務でもないのか。多くは無いが、おまへが一家を創生するだけの、それくらゐの財産は、おれのうちで、ちやんと保管してあります。東京での二年間のことは、これからのおまへの生涯に、かへつて薬になるかも知れぬ。過ぎ去つたことは、忘れろ。さういつても、無理かも知れぬが、しかし人間は、何か一つ触れてはならぬ深い傷を背負つて、それでも、堪へて、そ知らぬふりして生きてゐるのではないのか。おれは、さう思ふ。まあ、当分、静かにして居れ。苦痛を、何か刺戟で治さうとしてはならぬ。ながい日数が、かかるけれども、自然療法がいちばんいい。がまんして、しばらくは、ここに居れ。おれは、これから、うちへ帰つて、みなに報告しなければいけない。悪いやうには、せぬ。それは、心配ない。お金は、一銭も置いて行かぬ。買ひたいものが、あるなら、宿へさう言ふがいい。おれから、宿の
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