は、おれから、たのむのだ。卑屈からぢやない。おれは、もともと高尚な人間を、好きなんだ。讃美する。君は、とてもいい。素晴らしい。皮肉でも、いやみでも、なんでもない。君みたいないい人と、おとなしく遊んで居れば、だいぢやうぶ、あいつは、もつと、か弱く、美しくなる。そいつは、たしかだ。」たらとよだれが、テエブルのうへに落ちて、助七あわててそれを掌で拭き消し、「あいつを、美しくして下さい。おれの、とても手のとどかないやうな素晴らしい女にして下さい。ね、たのむ。あいつには、あなたが、絶対に必要なんだ。おれの直感にくるひはない。畜生め。おれにだつて、誇があらあ。おれは、地べたに落ちた柿なんか、食ひたくねえのだ。」
 青年は陰鬱に堪へかねた。

        ☆

 さちよは、ふたたび汽車に乗つた。須々木乙彦のことが新聞に出て、さちよもその情婦として写真まで掲載され、たうとう故郷の伯父が上京し、警察のものが中にはひり、さちよは伯父と一緒に帰郷しなければならなくなつた。謂はば、廃残の身である。三年ぶりに見る、ふるさとの山川が、骨身に徹する思ひであつた。
「ねえ、伯父さん、おねがひ。あたしは、これからお
前へ 次へ
全78ページ中22ページ目


小説の先頭へ
文字数選び直し
太宰 治 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ 登録 ご利用方法 ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング