、いそがしさうに歩いてゐた。ああ、生きてゐる人が、たくさん在るのだ、と思つた。
 留置場に入れられて、三日、そのまま、ほつて置かれた。四日目の朝、調室に呼ばれて、
「やあ、君は、なんにも知らんのだねえ。ばかばかしい。かへつてもよろしい。」
「はあ。」
「帰つて、よろしい。これからは、気をつけろ。まともに暮すのだぞ。」
 ふらふら調室から出ると、暗い廊下に、あの青年が立つてゐた。
 さちよは少し笑ひかけて、そのまま泣き出し、青年の胸に身を投げた。
「かへりませう。僕には、なんのことやら、わけがわかりません。」
 この人だ。あの昏睡のときの、おぼろげな記憶がよみがへつて来た。あのとき私は、この人に、しつかり抱かれてゐた。うなづいて、つと青年の胸から離れた。
 外へ出て、日のひかりが、まばゆかつた。二人だまつて、お濠に沿つて歩いた。
「どう話していいのか、」青年は煙草に火を点じた。ひよいと首を振つて、「とにかく、おどろいたなあ。」あきらかに興奮してゐた。
「すみません。」
「いや、そのことぢやないんだ。いや、そのことも、たいへんだつたが、それよりも、乙やんが、いや、須々木さんのこと、あなただ
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