つたら、もう、そのよろこびのままで、死にたかつた。でも、こんなに、まるまるとふとつて生きかへつて来て、醜態ね。生きかへつて、こんなに一日一日おなじ暮しをして、それでいいのかしらと、たまらなく心細いことがあるわ。大声で叫び出したく思ふことがあるの。どうせいちど死んだ身なんだし、何でもいい、人のお役に立てるものなら立つてあげたい。どんな、つらいことでも、どんな、くるしいことでも、こらへる。」そつと頭をもたげて、「ねえ、数枝。聞いてゐるの? 歴史的さんね、あのひと、あたし、そんなに悪いひとぢやないと思ふわ。あのひと、あたしを女優にするんだと、ずいぶん意気込んでゐるんだけれど、どんなものだらうねえ、数枝だつて、あたしがいつまでも、ここで何もせずに居候してゐたら、やつぱり、気持が重いでせう? また、あたしが女優になつて、歴史的さんがそれで張り合ひのあるお仕事できるやうなら、あたし、女優になつても、いいと思ふの。あたしがその気になりさへすれば、あとは、手筈が、ちやんときまつてゐるんだつて、さう言つてゐたわ。」
「おまへの好きなやうにするさ。名女優になれるだらうよ。」数枝は、ふたたび不気嫌である。「それは、ね、あたしだつて、くさくさすることは、あるさ。この子は、いつまでもここにゐて、いつたいどうするつもりだらうと、さちよの図々しさが憎くなることもあるよ。でも、あたしは、ひとつことを三分《さんぷん》以上かんがへないことに、昔からきめてゐるの。めんだうくさい。どんなに永く考へたつて、結局は、なんのこともない。あたつてみなければ判らないことばかりなんだからね。あほらしい。あたしにだつて、心配なことが、それは、たくさんあるのよ。だから、一つのことは、三分だけ考へて、解決も何もおかまひなしに、すぐつぎに移つて、そいつを三分間だけ考へて、また、つぎのことを三分、そのへんは、なかなか慣れたものよ。心配のたねの引き出しを順々にあけて、ちらと一目《ひとめ》調べてみて、すぐにぴたつとしめて、さうして、眠るの。これ、なかなか健康にいいのよ。どうだい、あたしにだつて、相当の哲学があるだらう。」
「ありがたう。数枝、あなたは、いいひとね。」
数枝は、てれて、わざと他のことを言つた。
「やんだね、みぞれが。」
「ええ。」さちよは、言ひたいだけ言つて、あとは無心であつた。「あした、お天気だといいわね。」
「
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