そうして、むしゃくしゃして、お苦しくて、こんどは誰か、遠いところに居る人に、その責任、肩がわりさせて、自身すずしい顔したいお心なのよ。そうなのよ。」言いながら、それでも気弱く、高須の片手をそっと握って、顔色をうかがい、「ごめんなさいね。うち、失礼なことばかり言って。」さっと素早く、ウイスキイあおって、「でも、ねえ。あの子を、いま田舎へかえすなんて、やっぱり、残酷よ。よく、そんなこと、言えるのね。あの子を国へかえしちゃいけない。あなたは、あの子が、去年どんなことをしたか知ってるわね。どんなに笑われたか、知っているわね。東京は、いそがしくて、もう、そんなこと忘れたような顔していて呉れるけど、田舎は、うるさい。あの子は、きっと座敷牢よ。一生涯、村の笑われもの。田舎の人ったら、三代まえに鶏ぬすまれたことだって、ちゃんと忘れずに覚えていて、にくしみ合っているんだもの。」
「ちがう。」高須は、落ちついて否定した。「ふるさとは、そんなものじゃない。肉親は、そんなものじゃない。僕は、ふるさとを失った人の悲劇を知っている。乙やんには、ふるさとが無かった。君も、ごぞんじだろうと思うが、乙やんは、僕の伯父の
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