《かす》かに輪廓が分明して、眼の下や、両頬に、真黒い陰影がわだかまり、げっそり痩せて、おそろしく老けて見えて、数枝も、話ながら、時おり、ちらと高須の顔を横目で見ては、それが全く別人だ、ということを知っていながら、やはり、なんだか、いやな気がした。似ているのである。数枝も、乙彦を、あの夜ここで一緒に呑んで、知っていた。乙彦は、荒《すさ》んだ皮膚をして、そうして顔が、どこか畸形《きけい》の感じで、決して高須のような美男ではなかった。けれども、いま、このバアの薄暗闇で、ふと見ると、やはり、似ている。数枝には、血のつながりというものが、ひどく、いやらしく、気味わるいものに思われた。
高須には、未だ気がつかない。数枝に、無理矢理、劇場から引っぱり出され、そうして数枝の悪意ない、ちょっとした巫山戯《ふざけ》た思いつきが、高須をここへ連れこんだ、この薄暗いバアは、乙彦と、さちよが、奇態な邂逅《かいこう》したところ、いま自分の腰かけているこの灰色のソファは、乙彦が追いつめられて、追いつめられて、天地にたった一つの、最後に見つけた、鳥の巣、狐の穴、一夜の憩《いこ》いの椅子であったこと、高須は、なんにも
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