は、はじめからこうなんだと、のんきに平気で、行き逢う人、行き逢う人にのんびり挨拶をかえしながら澄まして歩いていると、まあ、男は、どんなに立派だろう。どんなに、きれいだろう。それを、あたしは、ものかげにかくれて、誰にも知られずに、そっとおがんで、うれしいだろうなあ。女の、一ばん深いよろこびというものは、そんなところにあるのではないのかしら。そう思われて仕方がない。」
「わるくないね。」数枝も、耳を傾けた。「参考になる。」
さちよは、一息《ひといき》ついて、
「それを、男ったら、ひとがいいのねえ。だれもかれも、みんな、お坊ちゃんよ。お金と、肉体だけが、女のよろこびだと、どこから聞いて来たのか、ひとりできめてしまって、おかげで自分が、ずいぶんあくせく無理をして、女のほうでは、男のそんなひとりぎめを、ぶちこわすのが気の毒で、いじらしさに負けてしまうのね。だまって虚栄と、肉体の本能と二つだけのような顔をしてあげてやっているのに、そうすると、いよいよ男は悟り顔してそれにきめてしまうもんだから、すこし、おかしいわ。女のひとは、誰でも、男のひとを尊敬しているし、なにかしてあげたいと一心に思いつめてい
前へ
次へ
全80ページ中45ページ目
小説の先頭へ
文字数選び直し
太宰 治 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ
登録
ご利用方法
ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング