いた鎮静剤を飲み、少し落ちついてから、いまの日本の政治や経済の事は考えず、もっぱら先刻のお役人の生活形態に就いてのみ思いをめぐらしていた。
 あのいまのひとの、ヘラヘラ笑いは、しかし、所謂民衆を軽蔑《けいべつ》している笑いでは無い。決してそんな性質のものでは無かった。わが身と立場とを守る笑いだ。防禦《ぼうぎょ》の笑いだ。敵の鋭鋒を避ける笑いだ。つまり、ごまかしの笑いである。
 そうして、私の寝ながらの空想は、次のような展開をはじめたのである。
 彼はあの街頭の討論を終えて、ほっとして汗を拭き、それから急に不機嫌な顔になってあのひとの役所に引上げる。
「いかがでございました?」
 と下僚にたずねられ、彼は苦笑し、
「いや、もう、さんざんさ」
 と答える。
 討論の現場に居合せたもうひとりの下僚は、
「いえ、いえ、どうして、かいとう乱麻を断つ、というところでしたよ」
 とお世辞を言う。
「かいとうとは、怪しい刀《かたな》と書くんだろう?」
 と彼はやはり苦笑しながら言って、でも内心は、まんざらでない。
「冗談じゃない。どだい、あんな質問者とは、頭の構造がちがいますよ。何せ、こっちは千軍万馬
前へ 次へ
全19ページ中10ページ目


小説の先頭へ
文字数選び直し
太宰 治 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ 登録 ご利用方法 ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング