の命日にはお墓の掃除などして、大学の卒業証書は金色の額縁にいれて母の寝間の壁に飾り、まことにこれ父母に孝、兄弟には友ならず、朋友《ほうゆう》は相信ぜず、お役所に勤めても、ただもうわが身分の大過無きを期し、ひとを憎まず愛さず、にこりともせず、ひたすら公平、紳士の亀鑑、立派、立派、すこしは威張ったって、かまわない、と私は世の所謂お役人に同情さえしていたのである。
 しかるに先日、私は少しからだ具合いを悪くして、一日一ぱい寝床の中でうつらうつらしながら、ラジオというものを聞いてみた。私はこれまで十何年間、ラジオの機械を自分の家に取りつけた事が無い。ただ野暮ったくもったい振り、何の芸も機智も勇気も無く、図々しく厚かましく、へんにガアガア騒々しいものとばかり独断していたのである。空襲の時にも私は、窓をひらいて首をつき出し、隣家のラジオの、一機はどうして一機はどうしたとかいう報告を聞きとって、まず大丈夫、と家の者に言って、用をすましていたものである。
 いや、実は、あのラジオの機械というものは、少し高い。くれるというひとがあったら、それは、もらってもいいけれど、酒と煙草とおいしい副食物以外には、極
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