に。いや。どうも。これは。さあ。まあ。どうぞ。」
 小坂氏は部屋へあがって、汚い畳にぴたりと両手をつき、にこりともせず、厳粛な挨拶をした。
「大隅君から、こんな電報がまいりましてね、」私は、いまは、もう、なんでもぶちまけて相談するより他は無いと思った。「○《まる》オクッタとありますが、この○《まる》というのは、百円の事です。これを結納金として、あなたのほうへ、差上げよという意味らしいのですが、何せどうも突然の事で、何が何やら。」
「ごもっともでございます。山田さんが郷里へお帰りになりましたので、私共も心細く存じておりましたところ、昨年の暮に、大隅さんから直接、私どものほうへお便りがございまして、いろいろ都合もあるから、式は来年の四月まで待ってもらいたいという事で、私共もそれを信じて今まで待っておりましたようなわけでございます。」信じて、という言葉が、へんに強く私の耳に響いた。
「そうですか。それはさぞ、御心配だったでしょう。でも、大隅君だって、決して無責任な男じゃございませんから。」
「はい。存じております。山田さんもそれは保証していらっしゃいました。」
「僕だって保証いたします。」

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