その、あてにならない保証人は、その翌々日、結納の品々を白木の台に載せて、小坂氏の家へ、おとどけしなければならなくなったのである。
正午に、おいで下さるように、という小坂氏のお言葉であった。大隅君には、他に友人も無いようだ。私が結納を、おとどけしなければなるまい。その前日、新宿の百貨店へ行って結納のおきまりの品々一式を買い求め、帰りに本屋へ立寄って礼法全書を覗《のぞ》いて、結納の礼式、口上などを調べて、さて、当日は袴《はかま》をはき、紋附《もんつき》羽織《はおり》と白|足袋《たび》は風呂敷に包んで持って家を出た。小坂家の玄関に於いて颯《さ》っと羽織を着換え、紺《こん》足袋をすらりと脱ぎ捨て白足袋をきちんと履《は》いて水際立《みずぎわだ》ったお使者振りを示そうという魂胆《こんたん》であったが、これは完全に失敗した。省線は五反田で降りて、それから小坂氏の書いて下さった略図をたよりに、十丁ほど歩いて、ようやく小坂氏の標札を見つけた。想像していたより三倍以上も大きい邸宅であった。かなり暑い日だった。私は汗を拭い、ちょっと威容を正して門をくぐり、猛犬はいないかと四方八方に気をくばりながら玄関
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