きもせぬように、とまたしても要《い》らざる忠告を一言つけ加えた。私のその時の手紙が、大隅君の気にいらなかったのかも知れない。返事が無かった。少からず気になっていたが、私は人の身の上に就いて自動的に世話を焼くのは、どうも億劫《おっくう》で出来ないたちなので、そのままにして置いた。ところへ、突然、れいの電報と電報為替である。命令を受けたのである。こんどは私も働かなければならなかった。私は、かねて山田君から教えられていた先方のお家へ、速達の葉書を発した。ただいま友人、大隅忠太郎君から、結納《ゆいのう》ならびに華燭《かしょく》の典の次第に就き電報を以《もっ》て至急の依頼を受けましたが、ただちに貴門を訪れ御相談申上げたく、ついては御都合よろしき日時、ならびに貴門に至る道筋の略図などをお示し下さらば幸甚《こうじん》に存じます、と私も異様に緊張して書き送ってやったのである。先方の宛名《あてな》は、小坂吉之助氏というのであった。翌《あく》る日、眼光鋭く、気品の高い老紳士が私の陋屋《ろうおく》を訪れた。
「小坂です。」
「これは。」と私は大いに驚き、「僕のほうからお伺《うかが》いしなければならなかったの
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