、大学を出た頃から、そろそろ前額部が禿《は》げはじめた。男子が年と共に前額部の禿げ上るのは当り前の事で、少しも異とするに及ばぬけれど、大隅君のは、他の学友に較べて目立って進捗《しんちょく》が早かった。そうしてそれが、やがて大隅君のあの鬱然たる風格の要因にさえなった様子であったが、思いやりの深い山田勇吉君は、或る時、見かねて、松葉を束《たば》にしてそれでもって禿げた部分をつついて刺戟《しげき》すると毛髪が再生して来るそうです、と真顔で進言して、かえって大隅君にぎょろりと睨《にら》まれた事があった。
「大隅さんのお嫁さんが見つかりました。」と山田君は久しぶりに私の寓居《ぐうきょ》を訪れて、頗《すこぶ》る緊張しておっしゃるのである。
「大丈夫ですか。大隅君は、あれで、なかなかむずかしいのですよ。」大隅君は大学の美学科を卒業したのである。美人に対しても鑑賞眼がきびしいのである。
「写真を、北京へ送ってやったのです。すると、大隅さんから、是非、という御返事がまいりました。」山田君は、内ポケットをさぐって、その大隅君からの返事を取出し、「いや、これはお見せ出来ません。大隅さんに悪いような気がします
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