という事で、私は彼のそのような誇らしげの音信に接する度毎《たびごと》に、いよいよ彼に対する尊敬の念をあらたにせざるを得なかったわけであったが、私には故郷の老母のような愚かな親心みたいなものもあって、彼の大抱負を聞いて喜ぶと共に、また一面に於いては、ハラハラして、とにかくまあ、三日坊主ではなく、飽《あ》かずに気長にやって下さい、からだには充分に気をつけて、阿片などは絶対に試みないように、というひどく興醒《きょうざ》めの現実的の心配ばかり彼に言ってやるので、彼も面白くなくなったか、私への便りも次第に少くなって来た。昨年の春であったか、私は山田勇吉君の訪問を受けた。
山田勇吉君という人は、そのころ丸の内の或《あ》る保険会社に勤めていたようである。やはり私たちと大学が同期であって、誰よりも気が弱く、私たちはいつもこの人の煙草ばかりを吸っていた。そうしてこの人は、大隅君の博識に無条件に心服《しんぷく》し、何かと大隅君の身のまわりの世話を焼いていた。大隅君の厳父には、私は未だお目にかかった事は無いが、美事な薬鑵頭《やかんあたま》でいらっしゃるそうで、独り息子の忠太郎君もまた素直に厳父の先例に従い
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