った。
「君が、ひとりで行ったらいいだろう。僕には他に用事もあるんだ。」私は、いかにも用事ありげに、そそくさと外出した。
 けれども、行くところは無い。ふと思いついた。一つ牛込の瀬川さんを訪れて、私の愚痴を聞いてもらおうかと思った。
 さいわい先生は御在宅であった。私は大隅君の上京を報告して、
「どうも、あいつは、いけません。結婚に感激を持っていません。てんで問題にしていないんです。ただもう、やたらに天下国家ばかり論じて、そうして私を叱るのです。」
「そんな事はあるまい。」先生は落ちついている。「てれているんだろう。大隅君は、うれしい時に限って、不機嫌な顔をする男なんだ。悪い癖だが、無くて七癖というから、まあ大目に見てやるんだね。」まことに師の恩は山よりも高い。「時にどうだ、頭のほうは。」そればかりを気にして居られる。
「大丈夫です。現状維持というところです。」
「それは、大慶のいたりだ。」しんから、ほっとなされた御様子であった。「それではもう、何も恐れる事は無い。私も大威張りで媒妁できる。何せ相手のお嬢さんは、ひどく若くて綺麗《きれい》だそうだから、実は心配していたのだ。」
「まった
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