く。」と私は意気込んで、「あいつには、もったいないくらいのお嫁さんです。だいいち家庭が立派だ。相当の実業家らしいのですが、財産やら地位やらを一言も広告しないばかりか、名誉の家だって事さえ素振りにあらわさず、つつましく涼しく笑って暮しているのですからね。あんな家庭は、めったにあるもんじゃない。」
「名誉の家?」
私は名誉の家の所以《ゆえん》を語り、重ねてまた大隅君の無感動の態度を非難した。
「きょうはじめてお嫁さんと逢うんだというのに、十一時頃まで悠々《ゆうゆう》と朝寝坊しているんですからね。ぶん殴《なぐ》ってやりたいくらいだ。」
「喧嘩をしちゃいかん。どうも、同じクラスの者は大学を出てからも、仲の良いくせにつまらないところで張合って喧嘩をしたがる傾向がある。大隅君は、てれているんだよ。大隅君だって、小坂さんの御家庭を尊敬しているさ。君以上かも知れない。だから、なおさら、てれているんだよ。大隅君は、もう、いいとしだし、頭髪もそろそろ薄くなっているし、てれくさくって、どうしていいかわからない気持なんだろう。そこを察してやらなければいけない。」まことに、弟子《でし》を知ること師に如《し》か
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