「君は、女には、あまいからな。」
 私は面白くなかった。そんなに気乗りがしないのなら、なぜ、はるばる北京からやって来たのだ、と開き直って聞き糺《ただ》したかったが、私も意気地の無い男である。ぎりぎりのところまでは、気まずい衝突を避けるのである。
「立派な家庭だぜ。」私には、そう言うのが精一ぱいの事であった。君にはもったいないくらいだ、とは言えなかった。私は言い争いは好まない。「縁談などの時には、たいてい自分の地位やら財産やらをほのめかしたがるものらしいが、小坂のお父さんは、そんな事は一言もおっしゃらなかった。ただ、君を信じる、と言っていた。」
「武士だからな。」大隅君は軽く受流《うけなが》した。「それだから、僕だって、わざわざ北京から出かけて来たんだ。そうでもなくっちゃあ、――」言うことが大きい。「何しろ名誉の家だからな。」
「名誉の家?」
「長女の婿は三、四年前に北支で戦死、家族はいま小坂の家に住んでいる筈だ。次女の婿は、これは小坂の養子らしいが、早くから出征していまは南方に活躍中とか聞いていたが、君は知らなかったのかい?」
「そうかあ。」私は恥ずかしかった。すすめられるままに、
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