きめられた縁である。何せ北京と、東京である。大隅君だって、いそがしいからだである。見合いだけのために、ちょっと東京へやって来るというわけにも行かなかったようである。きょうはじめて、相逢うのだ。人生の、最も大事な日といっていいかも知れない。けれども大隅君は、どういうものか泰然《たいぜん》たるものであった。十一時頃、やっとお目ざめになり、新聞ないかあと言い、寝床に腹這《はらば》いになりながら、ひとしきり朝刊の検閲をして、それから縁側に出て支那の煙草をくゆらす。
「鬚《ひげ》を、剃《そ》らないか。」私は朝から何かと気をもんでいたのだ。
「そんな必要も無いだろう。」奇妙に大きく出る。私のこせこせした心境を軽蔑しているようにも見える。
「きょうは、でも、小坂さんの家へ行くんだろう?」
「うむ、行って見ようか。」
 行って見ようかも無いもんだ。御自分の嫁さんと逢うんじゃないか。
「なかなかの美人のようだぜ。」私は、大隅君がも少し無邪気にはしゃいでくれてもいいと思った。「君が見ないさきに僕が拝見するのは失礼だと思ったから、ほんのちらと瞥見《べっけん》したばかりだが、でも、桜の花のような印象を受けた。
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