せられている事をそのとおりに信じ、それ以上の事は知ろうとも思わない極めて平凡な国民なのである。けれども、また大隅君にとっては、この五年振りで逢った東京の友人が、相変らず迂愚《うぐ》な、のほほん顔をしているのを見て、いたたままらぬ技癢《ぎよう》でも感ずるのであろうか、さかんに私たちの生活態度をののしるのだ。
「疲れたろう。寝ないか。」私は大隅君の土産話《みやげばなし》のちょっと、とぎれた時にそう言った。
「ああ、寝よう。夕刊を枕頭《ちんとう》に置いてくれ。」
 翌《あく》る朝、私は九時頃に起きた。たいてい私は八時前に起床するのだが、大隅君のお相手をして少し朝寝坊したのだ。大隅君は、なかなか起きない。十時頃、私は私の蒲団《ふとん》だけさきに畳《たた》む事にした。大隅君は、私のどたばた働く姿を寝ながら横目で見て、
「君は、めっきり尻の軽い男になったな。」と言って、また蒲団を頭からかぶった。

 その日は、私が大隅君を小坂氏のお宅へ案内する事になっていた。大隅君と小坂氏の令嬢とは、まだいちども逢《あ》っていないのである。互いの家系と写真と、それから中に立った山田勇吉君の証言だけにたよって、取り
前へ 次へ
全33ページ中23ページ目


小説の先頭へ
文字数選び直し
太宰 治 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ 登録 ご利用方法 ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング