、いよいよ令嬢の出現だ。緑いろの着物を着て、はにかんで挨拶した。私は、その時はじめて、その正子さんにお目にかかったわけである。ひどく若い。そうして美人だ。私は友人の幸福を思って微笑した。
「や、おめでとう。」いまに親友の細君になるひとだ。私は少し親しげな、ぞんざいな言葉を遣《つか》って、「よろしく願います。」
 姉さんたちは、いろいろと御馳走《ごちそう》を運んで来る。上の姉さんには、五つくらいの男の子がまつわり附いている。下の姉さんには、三つくらいの女の子が、よちよち附いて歩いている。

「さ、ひとつ。」小坂氏は私にビイルをついでくれた。「あいにくどうも、お相手を申上げる者がいないので。――私も若い時には、大酒を飲んだものですが、いまはもう、さっぱり駄目になりました。」笑って、そうして、美事に禿げて光っているおつむを、つるりと撫でた。
「失礼ですが、おいくつで?」
「九でございます。」
「五十?」
「いいえ、六十九で。」
「それは、お達者です。先日はじめてお目にかかった時から、そう思っていたのですが、御士族でいらっしゃるのではございませんか?」
「おそれいります。会津の藩士でございます
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