。」
「剣術なども、お幼《ちい》い頃から?」
「いいえ、」上の姉さんは静かに笑って、私にビイルをすすめ、「父にはなんにも出来やしません。おじいさまは槍《やり》の、――」と言いかけて、自慢話になるのを避けるみたいに口ごもった。
「槍。」私は緊張した。私は人の富や名声に対しては嘗《か》つて畏敬の念を抱いた事は無いが、どういうわけか武術の達人に対してだけは、非常に緊張するのである。自分が人一倍、非力の懦弱者《だじゃくもの》であるせいかも知れない。私は小坂氏一族に対して、ひそかに尊敬をあらたにしたのである。油断はならぬ。調子に乗って馬鹿な事を言って、無礼者! などと呶鳴《どな》られてもつまらない。なにせ相手は槍の名人の子孫である。私は、めっきり口数を少くした。
「さ、どうぞ。おいしいものは、何もございませんが、どうぞ、お箸《はし》をおつけになって下さい。」小坂氏は、しきりにすすめる。「それ、お酌《しゃく》をせんかい。しっかり、ひとつ召し上って下さい。さ、どうぞ、しっかり。」しっかり飲め、と言うのである。男らしく、しっかりした態度で飲め、という叱咤《しった》の意味にも聞える。会津の国の方言なのか
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