の小指で頭を掻いた。「委《まか》せられております。」
「うむ。」先生は深くうなずいた。
それから先生と大将との間に頗《すこぶ》る珍妙な商談がはじまった。私は、ただ、はらはらして聞いていた。
「ゆずってくれるでしょうね。」
「は?」
「あれは山椒魚でしょう?」
「おそれいります。」
「実は、私は、あの山椒魚を長い間さがしていました。伯耆国淀江村。うむ。」
「失礼ですが、旦那《だんな》がたは、学校関係の?」
「いや、どこにも関係は無い。そちらの書生さんは文士だ。未だ無名の文士だ。私は、失敗者だ。小説も書いた、画もかいた、政治もやった、女に惚《ほ》れた事もある。けれどもみんな失敗、まあ隠者、そう思っていただきたい。大隠《たいいん》は朝市《ちょうし》に隠る、と。」先生は少し酔って来たようである。
「へへ、」大将はあいまいに笑った。「まあ、ご隠居で。」
「手きびしい。一つ飲み給え。」
「もうたくさん。」大将は会釈をして立ち上りかけた。「それでは、これで失礼します。」
「待った、待った。」先生は極度にあわてて大将を引きとめ、「どうしたという事だ。話は、これからです。」
「その話が、たいていわかっ
前へ
次へ
全30ページ中26ページ目
小説の先頭へ
文字数選び直し
太宰 治 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ
登録
ご利用方法
ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング