ね。向うの茶店は、見はらしがよくていいだろうと思うんですけど。」
「同じ事だよ。近いほうがいい。」
一ばん近くの汚い茶店にのこのこはいって行って、腰をおろす。
「何か、たべたいね。」
「そうですね。甘酒かおしるこか。」
「何か、たべたいね。」
「さあ、ほかに何も、おいしいものなんて、ないでしょう?」
「親子どんぶりのようなものが、ないだろうか。」老人の癖に大食なのである。
私は赤面するばかりである。先生は、親子どんぶり。私は、おしるこ。たべ終って、
「どんぶりも大きいし、ごはんの量も多いね。」
「でも、まずかったでしょう?」
「まずいね。」
また立ち上って、すたすた歩く。先生には、少しも落ちつきがない。中の島の水族館にはいる。
「先生、見事な緋鯉《ひごい》でしょう?」
「見事だね。」すぐ次にうつる。
「先生、これ鮎《あゆ》。やっぱり姿がいいですね。」
「ああ、泳いでるね。」次にうつる。少しも見ていない。
「こんどは鰻《うなぎ》です。面白いですね。みんな砂の上に寝そべっていやがる。先生、どこを見ているんですか?」
「うん、鰻。生きているね。」とんちんかんな事ばかり言って、どんどん先
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