る、と重く首肯せられたが、いまだにおよしにならない)そのハンチングを、若者らしくあみだにかぶって私の家へ遊びに来て、それから、家のすぐ近くの井《い》の頭《かしら》公園に一緒に出かけて、私はこんな時、いつも残念に思うのだが、先生は少しも風流ではないのである。私は、よほど以前からその事を看破していたのであるが、
「先生、梅。」私は、花を指差す。
「ああ、梅。」ろくに見もせず、相槌《あいづち》を打つ。
「やっぱり梅は、紅梅よりもこんな白梅のほうがいいようですね。」
「いいものだ。」すたすた行き過ぎようとなさる。私は追いかけて、
「先生、花はおきらいですか。」
「たいへん好きだ。」
 けれども、私は看破している。先生には、みじんも風流心が無いのである。公園を散歩しても、ただすたすた歩いて、梅にも柳にも振向かず、そうして時々、「美人だね。」などと、けしからぬ事を私に囁《ささや》く。すれちがう女にだけは、ばかに目が早いのである。私は、にがにがしくてたまらない。
「美人じゃありませんよ。」
「そうかね、二八《にはち》と見えたが。」
 呆《あき》れるばかりである。
「疲れたね、休もうか。」
「そうです
前へ 次へ
全30ページ中2ページ目


小説の先頭へ
文字数選び直し
太宰 治 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ 登録 ご利用方法 ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング