らを閉じこめて仕事をはじめるということにしていたのである。けれども、その時の旅行は、完全に失敗であった。それは二月の末の事で、毎日大風が吹きすさび、雨戸が振動し障子《しょうじ》の破れがハタハタ囁《ささや》き、夜もよく眠れず、私は落ちつかぬ気持で一日一ぱい火燵《こたつ》にしがみついて、仕事はなんにも出来ず、腐りきっていたら、こんどは宿のすぐ前の空地に見世物小屋がかかってドンジャンドンジャンの大騒ぎをはじめた。悪い時に私はやって来たのだ。毎年、ちょうどその頃、湯村には、厄除地蔵《やくよけじぞう》のお祭りがあるのだ。たいへん御利益のある地蔵様だそうで、信濃《しなの》、身延《みのぶ》のほうからも参詣人が昼も夜もひっきりなしにぞろぞろやって来るのだ。見せ物は、その参詣人にドンジャンドンジャン大騒ぎの呼びかけを開始したのである。私は地団駄踏んだ。厄除地蔵のお祭りが二月の末に湯村にあるという事は前から聞いて知っていたのに、うっかりしていた。ばかばかしい事になったものだ。私は仕事を断念した。そうして宿の丹前《たんぜん》に羽織をひっかけ、こうなれば一つその地蔵様におまいりでもして、そうしてここを引き上げ
前へ
次へ
全30ページ中19ページ目
小説の先頭へ
文字数選び直し
太宰 治 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ
登録
ご利用方法
ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング