、僕なんかにそんなことたのんだって、仕様がないですよ。」
「ええ、でも、心易いお客さん皆に、たのんで置こうと思って。」
「へんだね。」私は少し笑ってしまった。
女中さんも、片頬を微笑でゆがめて、
「だんだん、としとるばかりですし、ね。私は初めてじゃないのですから、少しおじいさんでも、かまわないのです。そんないいところなぞ望んでいませんから。」
「でも、僕は心当りないですよ。」
「ええ、そんなに急ぐのでないから、心掛けて置いて下さいまし。あのう、私、名刺があるんですけれど、」袂《たもと》から、そそくさと小さい名刺を出した。「裏に、ここの住所も書いて置きましたから、もし、適当のかたが見つかったら、ごめんどうでも、ハガキか何かで、ちょっと教えて下さいまし。ほんとうに、ごめいわくさまです。子供が幾人あっても、私のほうは、かまいませんから。ほんとうに。」
私は黙って名刺を受け取り、袂にいれた。
「探してみますけれど、約束はできませんよ。お勘定をねがいます。」
そのすし屋を出て、家へ帰る途々、頗《すこぶ》るへんな気持ちであった。現代の風潮の一端を見た、と思った。しらじらしいほど、まじめな世紀
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