である。押すことも引くこともできない。家へ帰り、私は再び唖である。黙って妻に、いくぶん軽くなった財布を手渡し、何か言おうとしても、言葉が出ない。お茶漬をたべて、夕刊を読んだ。汽車が走る。イマハ山中《ヤマナカ》、イマハ浜《ハマ》、イマハ鉄橋ワタルゾト思ウマモナク、――その童女の歌が、あわれに聞える。
「おい、炭は大丈夫かね。無くなるという話だが。」
「大丈夫でしょう。新聞が騒ぐだけですよ。そのときは、そのときで、どうにかなりますよ。」
「そうかね。ふとんをしいてくれ。今晩は、仕事は休みだ。」
 もう酔いがさめている。酔いがさめると、私は、いつも、なかなか寝つかれない性分なのだ。どさんと大袈裟《おおげさ》に音たてて寝て、また夕刊を読む。ふっと夕刊一ぱいに無数の卑屈な笑顔があらわれ、はっと思う間に消え失せた。みんな、卑屈なのかなあ、と思う。誰にも自信が無いのかなあ、と思う。夕刊を投げ出して、両方の手で眼玉を押しつぶすほどに強くぎゅっとおさえる。しばらく、こうしているうちに、眠たくなって来るような迷信が私にあるのだ。けさの水たまりを思い出す。あの水たまりの在るうちは、――と思う。むりにも自分に
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