る。悪徳にきまっている。けれども、酒は私を助けた。私は、それを忘れていない。私は悪徳のかたまりであるから、つまり、毒を以《もっ》て毒を制すというかたちになるのかも知れない。酒は、私の発狂を制止してくれた。私の自殺を回避させてくれた。私は酒を呑んで、少し自分の思いを、ごまかしてからでなければ、友人とでも、ろくに話のできないほど、それほど卑屈な、弱者なのだ。
少し酔って来た。すし屋の女中さんは、ことし二十七歳である。いちど結婚して破れて、ここで働いているという。
「だんな、」と私を呼んで、テエブルに近寄って来た。まじめな顔をしている。「へんな事を言うようですけれど、」と言いかけて帳場のほうを、ひょいと振りむいて覗《のぞ》き、それから声を低めて、「あのう、だんなのお知合いの人で、私みたいのを、もらって下さるようなかた無いでしょうか。」
私は女中さんの顔を見直した。女中さんは、にこりともせず、やはり、まじめな顔をしている。もとからちゃんとしたまじめな女中さんだったし、まさか、私をからかっているのでもなかろう。
「さあ、」私も、まじめに考えないわけにいかなくなった。「無いこともないだろうけど
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